なるようにしかならん(決して投げやりではない!)

  • 2022.4.20
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やっと、新型コロナウイルスに対するワクチン接種も順調に進み、

なんとか出口が見えてきたかと思っていたら、ロシアによるウクライナ侵攻が始まりました。

大げさに言うと、世の中はつらい事が過ぎたかと思うと、またつらい事が起こる気がします。

 

ロシアの極悪非道な侵攻のニュースを見て、

憂鬱な気持ちになっているのは、私だけじゃないと思います。

ウクライナの人たち(特に子どもたち)が悲惨な目に遭っている映像を見ていて、

なんともいたたまれない気持ちになります。

 

以前、何かの本に書いてありましたが、

「このような状況でメンタルを保つ為には、思い切って情報を遮断する事も大切」

だと。。。。。

つまり、いくら不安な情報をかき集めた所で、自分には出来る事が

あまりにも限られていますし、国際情勢が良くなるわけではない、

ということですね。(涙、涙、涙)

 

人間の悩みの多くは、自分にできないことをコントロールしようとして発生します。

『心配事の9割は起こらない』というタイトルの本があるように、

私たちは様々なことについて心配して、いつも取り越し苦労をしてしまいがちです。

浄土真宗本願寺派の僧侶が

「心配している人々の姿が幽霊のようになっている」と指摘していた記事がありました。

長い髪を引きずり、両手を前に出し、足がないのが一般的な幽霊のイメージです。

「髪は過去への執着」

「手は先のことにとらわれて取り越し苦労をしている姿」

「足がないのは宙に浮いて今がない」ことを表しているという内容でした。

 

お釈迦さまは『サンユッタ・ニカーヤ』という経典の中で

以下の様におっしゃっているそうです。

かれら(清浄な者)は過ぎ去ったことを思い出して悲しむこともないし、

未来のことにあくせくすることもなく、

ただ現在のことだけで暮らしている。それだから、顔色が明朗なのである。

ところが、愚かな人々は未来のことにあくせくし

過去のことを思い出して悲しみ、その為に、萎れているのである。

―刈られた緑の葦のように。

 先がまったく見えない現在の世界情勢。

どんな人でも不安になろうと思えばいくらでも不安になることができます。

このような状況の中で我々はお釈迦さまのおっしゃる

「なるようにしかならんから、いまを切に生きよ 釈尊」

を実践したいものです。

 

近藤 峰生

レターフォーユー